平成15年度女子回顧録 園田学園テニス部顧問 武政文雄[回顧録-女子]
2011年06月27日
15年ぶりの全国制覇、私自身初めてのインターハイ優勝ということで今年の回顧録が回って来ました。そこで、インターハイの団体戦の模様から書かせて頂きます。
6月の県大会ではシングルス№1を落としながらなんとか逃げ切って優勝することが出来ました。「長崎が君の鼓動で熱くなる」と言う大会スローガンのもと、決勝まで闘ってきました。実は3尺で熊本のルーテル学院に負けかけました。81,2とも大接戦になり、“どちらに勝利の女神が微笑むか?”と言う展開でした。QFでは静岡市立、SFでは仁愛女子に園田の弱いダブルスを披露してしまいました。なんとか決勝戦に進むことができましたが、ここでもドラマが待っていました。“7時間49分”決着がついたのは夕方6時を回っていました。対戦相手は大阪の四天王寺羽曳が丘高校、ここ十数年来のライバルです。昨年はジャッジで泣きましたが、“今年こそは雪辱を!”と、でも上手く行くわけありません。
ダブルスはストレートであっさり落とし、シングル№1心・技共に力をつけた大西選手が相手を圧倒。これで一対一のイーブン、シングル№2の久見選手に勝負がかかります。相手は昨年全日本ジュニアベスト4の伊藤選手です。ファーストセットはサーブが入らず、簡単に落とし、セカンドセットは開き直って攻撃するとあっさりセットオールに、そのままファイナルセットも4-1。このまま行くと思われましたが、やはりしつこい伊藤選手5-4までもつれる。ここで久見選手の足の痙攣発生!、レフェリーとのやりとりがあって15分中断。でも、そのままもつれにもつれてタイブレークに突入する。攻める園田につなぐ羽曳が丘、勝利の女神は・・・・。
みなさんの熱いサポートのお陰です。ありがとうございました℃そして、故光圀先生、“先生のもう一度日本一”の悲願を達成しましたよ!
(団体)
インターハイ県予選ではベスト4に園田、夙川、雲雀丘、松蔭が進出。ベスト8には、明石城西、芦屋南、兵庫、市立伊丹が進出した。新人戦では、ベスト4には園田、夙川、明石城西、雲雀丘が、ベスト6には加古川南、甲子園が、ベスト10には、兵庫、松蔭、西宮南、武庫川が進出した。
決勝戦は園田、夙川が顔を合わせ夙川がダブルスを二本取り大手をかけたが、シングル三本園田が取り返し三連覇を達成した。、近畿大会でも兵庫県勢が決勝に進出し、園田学園が4対1で振り切った。
(個人戦)
インターハイ県予選では6枚のインターハイ切符を争い、ベスト8に岡、加藤、宮本(夙川)、大西、久見、中西、三杉(園田)、そして若山(芦屋南)が進出し、ベスト4に加藤、久見、大西、中西が進出し、決勝は加藤、大西の対戦となった。
インターハイへは、加藤、岡、宮本、大西、久見、中西の6人が出場し、3位に大西、久見が入る活躍を見せた。ダブルスでは、岡・加藤組、中西。浜條組、秦・宮城組がインターハイ出場を果たし、見事、岡・加藤組が全国制覇を成し遂げ、兵庫勢が三年連続して頂点に立った。女子は、団体優勝、ダブルス優勝、シングルス3位二人という活躍を見せたが、平成18年度の“のじぎく国体”までその力を維持できるか現場の指導者の力量が問われるだろう。
新人戦では、新しい勢力が台頭してきた。優勝した守内選手、2位の上島選手いずれも民間クラブで鍛えられた選手である。ベスト4には橋本(山手)、石田(園田)が進出した。ベスト8には大島(明石城西)、中西(園田)、 北藤(夙川)、 松尾(明石城西)が入り園田、夙川以外に明石城西の選手の活躍が目立った。
ダブルスでは戸高・松尾組(明石城西)と石田・中西(園田)が決勝に進出し、石田・中西組が優勝した。来年度以降3強時代に突入するのは必至である。
平成14年度女子大会回顧録 鳴尾高校 松井千寿子[回顧録-女子]
2011年06月27日
1975年(昭和50年)7月、テニス界に1つのニュースが飛び込み、日本全国を驚かせた。それは、皆さんもご存じの様にウィンブルドン大会の女子ダブルスで、沢松(現姓吉田)和子さんが日系アメリカ人アン・キヨムラ選手と組んで優勝したと言うものである。私も、幼いながらテレビの映像に釘付けとなり、優勝シーンを何回も繰り返し見たものだった。その上、沢松さんが、西宮市出身であることから、私は自分の住む兵庫県が、テニスの盛んなこと、そしてレベルが高いことをだんだん知ることになり、こんなことがきっかけで、テニスに興味を持つようになった。沢松さんは、1966年ウインブルドンジュニアシングルスでも、優勝を果たしている。
さて、県高校総体本戦は今年も全国大会出場権をかけ、熱戦が繰り広げられた。シード1・2校の園田学園・夙川学園をはじめ、兵庫、加古川北、武庫川大附、神戸野田、明石城西が順当に勝ち上がった。最後1校に、第7の西宮南、第10シードの明石商業を破り、ノーシードながら元気で勢いのある宝塚北が名乗りを上げた。準々決勝では園田学園が兵庫を、明石城西が神戸野田を、夙川学院が宝塚北を共に3-0で破り、残り加古川北が武庫川大附を接戦の末2-1で勝ちベスト4となる。準決勝では、園田学園と夙川学院が3-0で加古川北と明石城西を破り、今年も宿命の対決となる。その決勝は、ダブルスを、2-1で園田、そして、シングルス1に昨年の総体個人戦準々決勝でも対戦した好カードである川床(園田)対尾崎(夙川)は、2-1で尾崎が勝ち、1-1となる。シングルス2は、ストレートで伊藤が加藤を破り園田学園が優勝する。本戦のみならず予選からこの大会は、3年生の最後の団体戦であり、思いも深く、チームの名誉をかけ、結束も固く粘り強い戦いが続く。また公立高校では、新入生が公式大会を初めて見
る機会でもあり、ルールも良く理解できないなまま応援に声を枯らす。だが、テニスの緊張する場面は十分理解でき、先輩と同一化できることは今後の貴重な体験となる。
個人戦では、シングルス優勝の尾崎(夙川)、準優勝の川床(園田)、大西・須加田(園田)の4選手が、ダブルスは、優勝の伊藤・川床(園田)、尾崎・猿田(夙川)、大西・中西(園田)の3組が全国大会へ乗り込むことになった。
全国大会団体戦は、園田学園が準決勝で大阪の四天王寺羽曳が丘に惜しくも1-2で破れ、ベスト4に終わる。この悔しさは、その後、全国選抜の地区予選である11月の近畿大会で、園田学園が四天王羽曳が丘を破り優勝するまで続く。シングルスでは尾崎が堂々全国を制し、川床がベスト4、須加田はベスト8と健闘し、ダブルスは伊藤・川床が優勝、尾崎・猿田が準優勝、大西・中西(園田)がベスト4と、兵庫の力を見せつけた。尾崎選手については、昨年より著しい成長がみられ、技術面はもとより、精神力の強さや粘りを県本戦より感じていた。そして、県本戦ダブルスで、アンパイヤーとして試合のコートにいた私に、彼女のスッマシュが当たりかけた。試合終了後、わざわざ私を捜して、謝りに来てくれたその姿に、清々しさと風格さえ感じたことを覚えている。テニスを通じて成長していく姿を見るのは、とても楽しい。
次に、新人大会であるが、団体戦は園田学園、夙川学院をスーパー・シードとして、80校が本戦出場のベスト8を目標に、新しいチームで挑んだ。4年前からこの大会は、予選からシングル3・ダブルス2の5ポイントで行われるようになった。最近の傾向では、男子部員の増加に比べ、女子部員の減少で人数の確保が難しい現状の中、5ポイント制7人を揃える事が困難なところもあるが、今年は夏から本戦に選手を送り込めなかった我が校にとっても、この新人大会団体戦は、結果は別として少しでも希望を持って臨める大会であった。さて、ベスト8に兵庫、市伊丹、雲雀丘、明石城西、松蔭、武庫川大附の上位シードと、姫工大附が第11、宝塚北が第12シードから勝ち上がった。次に、市伊丹対兵庫の好カードは、ダブルス2本を兵庫が取り、シングルス2本を市伊丹が取り、シングルス3にかかった。それをタイブレークの熱戦の末市伊丹が3-2で勝利を収めた。このところの市伊丹の躍進はめざましく、選手の意識の高さにも驚かされる。その結果ベスト4には、市伊丹、雲雀丘、明石城西、松蔭が残り、6回戦で、雲雀丘が3
-1で市伊丹を、松蔭が明石城西を4-1と実力の差を見せ、それぞれスーパー・シードへと挑戦する事となった。準決勝は、園田学園が雲雀丘を、夙川学院が松蔭を共に5-0で破り、春の大会と同様の対戦となり、決勝は、ダブルス1でファイナルセットまでいったものの、園田学園が夙川学院に3-2で勝利をを収め、3位に松蔭、4位に雲雀丘となった。
個人戦では、シングルスは、第1シードの久見(園田)が不参加、第2シード加藤(夙川)が優勝し、第8シードの川口(夙川)が準優勝、第3シード宮本(夙川)と、第5シード三杉(園田)が第4シードの猿田(夙川)を破り、ベスト4となる。本戦40ドローの中で公立高校の出場が13選手であり、私学を脅かす今後の活躍を期待したい。ダブルスは、第1シードの加藤・小川が優勝、第3シードの宮本・猿田が準優勝など、ベスト4まですべて夙川勢が占めた。
今年の1月17日で、阪神・淡路大震災からまる8年が過ぎた。街や学校の使えなくなっていたコートも修復され、ほぼ元に戻った。生徒たちは、毎日平和にテニスをプレーしている。しかし、近頃何か物足りなさを感じる。闘争心の足りない生徒に、上手く指導できない自分に、「無力感と妥協」を隠せない。私もテニス部顧問になって、同じ8年が過ぎようとしている。復活せねば。毎日平和で・闘争心のない顧問にならないように、「生徒の姿は、自分の鏡」と反省し、また自分を奮い立たせよう。そして、壊れた家から出てきた、昔の懐かしい「ウッドのラケット」でテニスをしていた頃のように、テニスに感動していきたい。沢松さんが優勝した時と同じように。
平成21年度男子回顧録 三木高等学校 二木俊昭[回顧録-男子]
2011年06月27日
今年も1878人がエントリーして、県総体、男子シングルスが行われた。この裾野の広さは、他府県にはない兵庫テニスの宝である。選手たちは、他からの助けが一切許されないコートで、練習を通して培った精神力と磨いた技を試す。優勝する一人以外は、どこかで敗れ、その敗戦を通して、相手との技術の差、それ以上に自分の精神面の脆さに気付かされ、悔しい思いをする。試合では、普段の生活では気付かない自分と向き合わされる、濃い時間が流れる。部員全員が脇役ではなく主役なりうる、それが兵庫のテニスの良さだと思う。
さて、新型インフルエンザに振り回された今年、県総体の日程も一部変更することを余儀なくされた。県総体団体戦では、全国選抜高校テニス(団体)においてベスト4に入った甲南が、準決勝で明石城西に敗退し、兵庫県で勝ち抜くことの難しさを痛感させられる結果となった。決勝は7連覇を狙う明石城西と新進気鋭の相生学院との闘い。3試合が並行して行われ、第1セットは相生学院がすべて取り、観る者に相生学院の初優勝を予感させた。ところが、ダブルスで攻めの姿勢を貫き通した吉山・西川(明石城西)が第2セットを競り勝ち、流れを引き寄せ逆転勝利。S1でも浅井龍雅(明石城西)が宇治崇之(相生学院)に第2、第3セット、ともに61で奪い返し、2-1で7連覇を達成した。試合後、コート中央で宙に舞った明石城西の関係者の方々の姿が、例年以上に眩しく思われた。
個人戦シングルスは、池川浩史(相生学院)が安定したショットと、1年生とは思われない落ち着いた試合運びで、選抜ベスト4の上原伊織(甲南)を準決勝で84で破り、決勝でも沼田孝彰(甲南)に76、61で勝ち、優勝した。また、成長著しい嶋田颯人(相生学院)がベスト4に入り、インターハイへの出場権を獲得した。ベスト4すべて3年生という昨年の結果とは違い、インターハイへの切符を手にした4人のうち3人は1、2年生という結果となった。今年だけでなく、これからの飛躍も楽しみである。ダブルスでは明石城西同士の決勝となり、浅井・朝倉組が吉山・西川組を64、64で下し優勝した。
全国総体団体では、明石城西が3回戦で優勝校の秀明英光(埼玉)に当たり敗退した。シングルスでは沼野孝彰(甲南)が初戦で敗れたものの、相生学院の池川浩史、嶋田颯人は3回戦まで勝ち進み、甲南の上原伊織はベスト8。ダブルスは浅井・朝倉(明石城西)がベスト8、吉山・西川(明石城西)ベスト16に入った。
夏の新人戦、3年生が退くと相生学院の強さが際だち、シングルスではベスト4に池川浩史、諫山航平、宇治崇之の3名が名前を連ねた。相生学院勢の中で一人意地を見せたのが甲南の金江紀幸だ。特に、準決勝の宇治との試合は一進一退の好ゲームで会場で観ている者の目を釘付けにした。結局、タイブレーク11-9で金江紀幸(甲南)が勝利。決勝では県総体を1年で制した池川浩史(相生学院)が金江紀幸(甲南)を62、62で下した。ダブルスでも池川・諫山(相生学院)の1年生ペアが粘る藤・山本(関西学院)を63、64で下して優勝。これで池川は単複を制することとなった。
秋の団体戦、本戦は例年の総合運動公園からしあわせの村に会場を移して行われた。予想通り相生学院が圧倒的な強さを見せて優勝。準々決勝まではもちろんのこと、明石城西、関学、甲南との4校で行われた決勝リーグでも、落としたのは、上原伊織(甲南)が池川浩史(相生学院)を上級生の意地を見せて97で競り勝った1試合だけであった。近畿大会出場枠は2校。残りの1枠を賭けて激しい戦いを見せたのが関学と甲南であった。上原、金江の2枚看板を持つ甲南がS1、S2を取り、ダブルスを強化して臨んだ関学がD1、D2を取り、S3の山本貴大(関学)が97で古村賢太(甲南)を破り、3-2で関学が競り勝ち、近畿大会の出場権を獲得した。この勝利の陰には、本戦1週間前のしあわせの村のテニスコートで、監督が大声で檄を飛ばしてボレー強化に努めた関学の選手達の姿があったようである。
全国選抜近畿地区大会でも甲南を破り、勢いに乗った関学は5位に入り、全国選抜への切符を手にした。相生学院は近畿でも圧倒的な強さを見せ、1ポイントも落とさず優勝…。いよいよ、兵庫の学校が、男子団体で全国の頂点に立つ日がすぐそこまで来ていることを予感させる闘い振りであった。
公立高校においても、今年で7回目を迎える近畿公立高校テニス大会で、明石城西が優勝、長田が5位入賞した。兵庫県の代表2校を各地区の代表が集い兵庫県予選大会で決定するようになって3年目となる。まずは「地区の代表」として兵庫県予選大会に出場することを目指し、「近畿」という冠のもと戦える可能性があることが、いつも私学に圧倒されている公立高校の選手達にとってチームの目標となり、大きな励みとなっている。
最後に、数年前になるが、夏の指導者講習会で私はテニス経験がほとんどないという先生方を対象にしたグループを担当させていただいた。そこで、ある公立高校の女性の先生に「球出しの仕方を教えてください」と依頼された。他のグループでドリル練習のメニューが紹介されている中、炎天下、2時間余り、汗びっしょりになって、ひたすら球出しの練習をされた。講習会終了後、「今まではコートの隅で生徒達の練習を見ているだけでしたが、これからは練習の中に入って、球出しをしてあげることができます」と喜んでおられたお顔が今でも目に焼き付いている。 トップ校はもちろんのこと、テニスコートに足を運び、生徒たちと時間を共有し、「生徒たちに何かを…」という熱い思いによって、この兵庫テニスの大きな大きな裾野が支えられていることを感じる。
そういう中、私は、自分の学校の生徒たちが、テニスの試合を通して、自分と向き合う貴重な時間を経験することができるように…と同好会の立ち上げに奔走する日々を送っている。
平成20年度男子回顧録 甲南高等学校 福井隆之[回顧録-男子]
2011年06月27日
今年度のテニス界は良いニュース、悪いニュースが飛び交う波乱の年になったように感じる。全国レベルの高校テニス部の不祥事や現役のプロ選手の大麻事件などが、新聞の紙面やマスコミで大きく取り上げられ、学校教育における「部活動テニス」の存在意義や役割を再考させられた。伊達公子選手の現役復帰そして全日本選手権優勝や全豪本戦出場、錦織圭選手の世界レベルでの活躍など明るい話題もあった。また、他競技ではあるが、高校生プロゴルファーの石川遼選手やスケートの世界チャンピオン浅田真央選手の活躍は同世代の高校生にとって良い刺激となり、マスコミに対する彼らの試合前後のコメントなどは良い手本となったのではないか。
それでは今年度の兵庫県男子高校生の活躍を団体戦中心に振り返っていきたい。
【総合体育大会】
県総体団体戦は今年度からベスト8に入った学校が総合運動公園での本戦に臨む形で行われた。ベスト8に明石城西、関西学院、甲南、芦屋大付属、神戸、仁川学院、雲雀丘、相生学院、ベスト4にシード通り明石城西、関西学院、甲南、芦屋大付属が勝ち進んだ。準決勝、明石城西-芦屋大付属戦は3-0で明石城西、関西学院-甲南は2-1で甲南が勝利した。関学-甲南戦のシングルスNo.1は沼野孝彰(甲南)が75、62で黄賢人(関学)を破り、エース対決を制した。シングルスNo.2は上原伊織(甲南)がルーキーらしからぬ戦いをみせ、62、62で六車直遠(関学)に勝利した。甲南は平成8年度以来の11年ぶりの決勝進出となった。決勝、シングルスNo.1は井原力(明石城西)が序盤から優位に試合を進め、沼野孝彰(甲南)に61、63で勝利し流れを作り、続いてダブルスも浅井・土井(明石城西)が八島・大西(甲南)に63,61で勝利した。その結果、明石城西が2-1で6年連続の優勝を決めた。
県総体個人戦シングルスは優勝:福田健司(駿台甲英)、準優勝:黄賢人(関学)、ベスト4:井原力(明石城西)、中本真太郎(明石城西)、ダブルスは優勝:井原・土井(明石城西)、準優勝:松本・六車(関学)という結果になり、全国大会への切符は全て3年生がつかむこととなった。
全国総体団体では全国選抜ベスト4の明石城西が初戦の2Rで敗れるという波乱があった。全国レベルでシングルス2本、ダブルス1本で勝つことの難しさを感じた。とはいえ、明石城西に勝利した浦和学院(埼玉)は関西(岡山)にも勝利し、ベスト8入りしている。私は団体準決勝、決勝を観戦したが、特に決勝は湘南工大付(神奈川)の圧勝に終わり、全国大会のレベルの高さ、選手たちの思いの強さを見せつけられた。
個人戦はシングルスで福田健司(駿台甲英)がベスト16入りするものの、その他は苦戦を強いられた。シングルスで黄賢人(関学)ベスト32、井原力(明石城西)ベスト64、中本(明石城西)一回戦敗退、ダブルスでは井原・土井(明石城西)ベスト32、松本・六車(関学)一回戦敗退という結果に終わった。8月の猛暑中での連戦で勝利するには、かなり高いレベルでの心技体を備えていなければならないと痛感させられた。
【新人大会個人戦】
代が変わり、夏の新人大会個人戦ではベスト4に沼野孝彰(甲南)、浦上武大(関学)、宇治崇之(相生学院)、浅井龍雅(明石城西)の団体戦のトップ4シードのエースが勝ち上がった。準決勝で浦上が沼野を、浅井が宇治を退け、決勝戦ではフルセットの激戦の末、ファイナルセットをタイブレークで征した浦上が優勝した。ダブルス決勝では浅井・朝倉組(明石城西)が浦上・吉川組(関学)に勝ち、シングルスの雪辱を果たして優勝した。
【新人大会団体戦・全国選抜近畿地区大会】
今年度の全国選抜の予選を兼ねた県新人大会団体戦は異例の形で行われることとなった。例年はベスト8から総合運動公園で本戦が行われるのだが、今大会はベスト8から上位シード校の関学、明石城西を会場として行われた。準々決勝、関学会場では関学-滝川50、相生-仁川50、明石城西会場では甲南-雲雀丘41、明石城西-報徳50で関学、相生、甲南、明石城西がシード通りベスト4入りした。ここからは4校での8ゲームのリーグ戦となるが、例年より各校の実力に大きな差がないことや会場のホームアウェイの関係もあったのか、まれにみる混戦になった。リーグ戦第一試合、関学会場で関学が相生を50、明石城西会場では明石城西が甲南を32で下した。明石城西-甲南戦は明石城西がダブルス2本、甲南がシングルス2本を取り、シングルスNo.3に勝敗が託された。ダブルスで流れをつかんだ明石城西がホームの利も活かし勢いに乗り、朝倉康平(明石城西)が金江紀幸(甲南)を85で破り、大事な初戦で勝利をおさめた。リーグ戦2日目、会場を関学へ移し、第一試合、甲南が関学を32、相生が明石城西を32で下し
た。両試合ともどちらが勝つか最後まで分からない好ゲームとなった。甲南-関学戦は前日に引き続きシングルスNo.3に勝敗が託された。藤圭太(関学)が序盤安定したプレーで金江紀幸(甲南)を51までリードしていたが、後半、金江が気迫のプレーで挽回し、まさに団体のシングルスNo.3の試合という雰囲気になり、最後は金江が藤を86で下した。この時点で、各校が1勝1敗で並び最終試合、関学は明石城西を41、甲南は相生を41で下し、甲南が11年ぶりの優勝、関学が準優勝を果たし、兵庫県の代表として、近畿大会へ出場することとなった。
近畿大会へ出場した甲南、関学はともに決勝に駒を進め、全国選抜への切符をつかむとともに、優勝をかけて再び対戦することとなった。準決勝で第1シードの清風を破り勢いに乗る関学は、決勝でも32で甲南を下し、県大会のリベンジを果たし、優勝を手にした。3月に行われる全国大会ではともに上位進出を目指し、県代表としての誇りを持ち、戦って欲しいと思う。
ここ数年、学校教育を取り巻く環境は大きく変化してきており、当然、ジュニアテニス界も大きく変化してきている。このような変化の中で学校における部活動はどうあるべきか、考えさせられることが多々ある。変化すべきは変化し、対応していかなければならないが、「部活動テニス」が果たすべき役割は大きいと思う。選手たちが心技体ともに大きく成長する場となるよう、私自身も研鑽を積み、成長していかなくてはならないと日々感じている。
平成19年度男子回顧録 仁川学院高等学校 若松 慶実[回顧録-男子]
2011年06月27日
私がテニスに出逢ってから、何年経つのだろう。私の通っていた尼崎の公立中学校には、ソフトテニス部しかなく、帰宅後はひたすら壁打ちをする日々が続いた。荒れる中学校の中にいて、横道に逸れず、まとも(?)に育ったのもテニスのお陰であると思っている。私の高校時代は、試合といえばアンツーカーコートかクレーコートで行われていた。球足は遅く、攻撃よりもミスをせずにつなぐことが重視された。その頃から比べ、現代のテニスはスピードとパワーで、ポイントを取りに行かなければならない。今の高校生のテニスを見て、「わー、こんなカッコいいテニスを俺もしたかったなぁ」などと思いつつ、この1年間を振り返ってみたいと思う。
3月末から行われた楽天杯の18歳以下男子シングルスでは、第3・4シードが準決勝までで敗退する番狂わせがおこった。ベスト4に残ったのは、福田・坂根・鈴木(以上駿台甲英)、中本(明石城西)であった。この中で失セット数0で優勝したのが福田健司(駿台甲英)であった。ダブルスも、シングルス同様に第1・2シードが準決勝で敗れる混戦となった。決勝は、福田・坂根(駿台甲英)対松本・六車(関学)の顔合わせとなった。やはり、シングルスの勢いがあったのか、福田・坂根組がフルセットの末、優勝した。
6月に行われた県総体(インターハイ予選)の団体戦は、楽天杯18歳以下シングルス、ベスト4に3人を占める駿台甲英が、第3シードで登場し、混戦するであろうことが予想された。準決勝の明石城西対甲南、駿台甲英対関学、ともに2-1で明石城西と駿台甲英が勝利した。決勝は、ダブルスとシングルス2を明石城西が取り、シングルス1も駿台甲英が棄権したため、3-0で明石城西の5年連続9回目の優勝が決まった。個人戦のシングルスでは、第2シードの恒松がよもやの初回戦で敗退した他は、上位4シードまでの選手が準決勝に進出した。決勝は、福田対渡部となり、セットカウント2-0で福田が勝利し、団体戦のリベンジを果たした形で優勝した。ダブルスの準決勝の対戦は、第1シードの福田・本村組対第5シードの土井・井原組、第3シードの諫山・武内組対第7シードの渡部・灘組の顔合わせとなった。福田・本村組はファーストセット、タイブレークで取ると、そのまま勢いに乗り、セカンドセットも連取し、決勝に進出した。
もう一方は、2時間以上の接戦の末、渡部・灘組が勝利した。決勝は、ファイナルセットに入るかと思われたが、渡部・灘組がストレートで勝利し、優勝した。この大会で感じたことは、やはり回戦が進むにつれ、気魄あふれる見応えのある試合が多数あったことと、なんと棄権の多い大会だろうということである。体力消耗や突発的な事故ならいざしらず、団体戦の準決勝以降3試合と個人戦シングルス準決勝1試合が棄権とは驚いた。(まぁ、これも時代の流れといえばそれまでなのか・・・)結果として、団体戦は明石城西高校、個人戦シングルスは、福田・本村(以上駿台甲英)、中本・渡部(以上明石城西)、酒井(芦大附属)、ダブルスは、渡部・灘組(明石城西)、福田・本村組(駿台甲英)の全国総体出場が決まった。 佐賀県で行われた全国総体(インターハイ)では、団体戦も含めてシングルスの渡部、ダブルスの和種部・灘組が2回戦で敗退した他は、全て初回戦敗退という寂しい結果に終わった。やはり、全国大会で勝つということの難しさが顕著に現れたと思う。
8月末には、夏休み最後の大きな大会となる新人大会が、赤穂海浜公園で行われた。団体戦の主資料となることから、猛暑をも吹き飛ばす熱い戦いが展開された。シングルス決勝は、県総体を制した福田が中本を、ダブルス決勝は、恒松・酒井組が大崎・中本組をそれぞれストレートで退け、優勝した。
10月には、新人テニス大会の団体戦が行われた。各校とも夏休みからの鍛錬の成果を発揮すべく、白熱した戦いが繰り広げられた。上位4校に進出したのは、明石城西・関西学院・芦大附属・甲南であった。やはり、総合力で一歩リードしている明石城西が優勝し、2位は関西学院という結果になった。近畿選抜大会に出場した2校は、そこでも勝ち進み両校ともに全国選抜大会の切符を見事勝ち取った。3月に行われる全国大会での活躍を期待したい。
1年間の大会を簡単にではあるが振り返らせてもらった。以降は私なりの感想を少し述べさせていただきたい。高校生という年代は1・2ヵ月の間に著しく成長するものだと痛感させられた。それはやはりテクニックを磨くこともさることながら、心の成長が大きな要因であるように思う。その心の成長を助け導くことが、我々の最も大切な仕事だと感じた。プロを目指す選手もいるだろうが、大半の選手はそうではない。ならば、テニスと通じて何を学ぶか。「勝つために努力すること」、「雑事に関わらぬ勇気を持つ」、「思い通りに行かない時に辛抱強く耐え忍ぶこと」等々、これらの人格形成に関わることを、テニスという競技を通じて学んで欲しい。そのために我々は何をすべきか、いや、何ができるのか。私自身、大した能力があるわけでもない。ならば、自分の後ろ姿を見せる以外ないように思う。そう考えた時、果たして自分はよき指導者と言えるだろうか。んー、まだまだ修養が足りませぬ・・・・・・。
平成18年度男子回顧録 関西学院高等部 石森 圭一[回顧録-男子]
2011年06月27日
本年度はいよいよ兵庫県での全国高校総体が開催される大きな年であった。一昨年からそれぞれの部署で準備を重ねてきたが、地元開催の大きなプレッシャーの中、お世話いただいた先生方一人一人の力が見事に合わさって、夏の全国総体本番を成功裏に終了できたことは本当に大きな喜びであった。また、審判員をはじめ式典や会場係、練習会場で真剣に大会運営に取り組んでくれた多くの兵庫県高校テニス部員や他の部の高校生たちの頑張りにも感謝したい。この大きな舞台で活躍してくれた選手をみんなで支えたこの夏の経験は、何よりも代えがたい貴重な青春の1ページになったに違いない。
全国総体に関わったすべての人たちに感謝の気持ちをこめて、この1年間を振り返ってみたいと思う。
九州博多で行われた第28回全国選抜高校テニス大会では兵庫県代表の2校である明石城西と関学が共に全国の強豪校を次々と打ち破り、明石城西は長尾谷(大阪)と関学は柳川(福岡)と準決勝を戦った。そこで破れはしたが、両校とも最後の閉会式で表彰を受け、兵庫勢の両方が全国の舞台で活躍して、女子の園田、夙川が築いたテニス王国兵庫に男子も一歩近づいた大会であった。
春の兵庫県ジュニアテニス選手権大会では第一人者佐野紘一(明石城西)が安定した力を見せつけ優勝、準優勝には澁谷竜矢(明石城西)が名を上げた。ダブルスもこの2人のペアが昨年全国総体準優勝の貫禄を見せ、山﨑・桑原組(関学)をフルセットで降し、優勝を遂げた。次期兵庫県を担う存在の16歳以下の部では福田健司が、ダブルスでは昨年度の新人個人制覇の坂根巨都と組んで、単複をともに制した。単準優勝はダブルスペアの坂根、複準優勝は黄・喜多組(関学)であった。
地元開催の全国総体の予選である兵庫県高校総体は、最後のリハーサル大会となって大々的に行われた。団体戦は2校の選出となるため、準決勝からは明石城西、関学、芦屋大附属、甲南の4校による8ゲームズプロセットのリーグ戦となった。台風の目となったのは芦屋大附属、昨年新人チャンピオンの坂根に加えて新一年生の恒松、酒井らが加わり、団体戦に先立つ個人戦でも大活躍して,この団体戦に臨んだ。明石城西戦はシングルス2を芦屋大恒松が明石城西澁谷を破り、ダブルス勝負にもつれ込んだが、タイブレークの激戦の上、明石城西が競り勝った。出場権を決める重要な二戦目は明石城西が甲南を降し、まず1校目の切符を手にした。芦屋大附属は対関学戦で、個人戦で関学のエース山﨑を降した坂根をシングルス1に起用し、澁谷を倒した恒松をダブルスに起用して必勝を期した。
個人戦で苦杯を喫した関学だったが、団体戦は伝統の力を見せてダブルス、シングルス共に総力で取った関学が全国大会2校目の切符を手にした。決勝となる三戦目は緊張の解けた明石城西が関学を圧倒し、4年連続8回目の総体団体を制した。
個人戦準決勝では春の県ジュニアの18歳ファイナリストがそれぞれ16歳ファイナリストを迎え撃ち、佐野が坂根を、澁谷が福田をともにストレートで降し、決勝は県ジュニアと同じ城西決戦となった。佐野は終始安定した力を発揮し、全国大会シードの力を見せ付けて見事優勝した。全国総体出場を果たしたのは準決勝進出した坂根(芦屋大附)と新鋭1年生の福田(駿台甲英)、順位戦を制した森本、野田(いずれも明石城西)の合計6人であった。ダブルスでは佐野・澁谷、野田・池田の明石城西組に辻・大国、山﨑・桑原の関学組が激突した。それぞれの学校のエースが決勝で対決し、春の県ジュニア決勝の再戦となったが、第1セットを奪った関学山﨑・桑原組は第2セットもタイブレークでもぎ取り、見事優勝した。全国総体出場決定戦は野田・池田組が辻・大国組を破り、全国大会の出場権を得た。
しあわせの村と神戸総合運動公園で行われた全国高校総体は、これまでの兵庫県高校テニス関係者の力の結集の下に開催され、連日熱戦が繰り広げられた。団体戦は関学が早稲田実業と対戦し、ダブルを取ったがシングルスで激戦の末2本取られ、一回戦で惜敗した。兵庫チャンピオンの明石城西は2回戦大分舞鶴、3回戦四日市工業を順調に撃破し、準々決勝では佐賀の龍谷を破った東海大菅生(東京)と対戦した。ダブルスを取った城西はシングルス1でエース佐野が菅生のエース大野をフルセットの末破り、澁谷の熱戦が打ち切りとなって準決勝へと進出した。柳川戦でもダブルスが第1セットをもぎ取り勢いに乗ったが、第2、第3セットを盛り返され、シングルス1の佐野が片山に破れて、決勝進出はならなかった。ただ、地元開催の表彰式で見事表彰された明石城西の健闘を大いに称え、拍手を贈りたい。
個人戦では佐野紘一が沖縄の金城、名古屋の二村ら強豪を打ち破り、準決勝で伊藤竜馬に敗れたが堂々の第3位であった。澁谷がベスト16に入り、新一年生の福田が1回戦、2回戦、二年生の坂根巨都が1回戦を勝ち進んで来年へ繋がる戦績を収めた。3年生の野田、森本は残念ながら1回戦で涙を呑んだ。ダブルスは第1シードの佐野・澁谷組が1回戦で伏兵の赤津・田口組によもやの敗戦を喫し、山﨑・桑原組も名古屋の二村・長谷川組に競り負け、全国大会で勝つことの難しさを改めて痛感した。しかし、野田、池田組が緒戦を突破したのを始め、出場して兵庫県民が見守るコートで思う存分戦った3年生の頑張りは、単に結果だけでなく大切な多くのことを下級生たちに伝えたと思う。
本当に大きな大きな総体が終了した後、3年生が抜けてはじめての大会である県民大会は、何かほっとした雰囲気の中、赤穂海浜公園で行われた。シングルスでは福田が笠井(関学)を、恒松が田中(明石城西)を準決勝で降して決勝で対戦した。全国総体での経験を活かした福田がストレートで恒松を降し、優勝した。福田はダブルスでも坂根と組んで決勝に進んだが、決勝ではファイナルの激戦の上、関学の秦・喜多組が優勝した。続く近畿高校テニス大会では福田がベスト4、大崎、黄,坂根の3人がベスト8になった。ダブルスでは秦・喜多組が準優勝、諌山・武内組(明石城西)がベスト4入り、奥貞・野口組(六甲)がベスト8入りを果たした。
春の全国選抜高校を目指す新人団体戦は、春の総体と同じ顔ぶれの4校で決勝リーグが争われた。互いに2勝ずつをあげた明石城西と関学の試合はダブルス2つを8-6、8-6で競り勝った城西がシングルス1を取られたものの4-1で勝利し、新人大会9連覇を成し遂げた。しかし、甲南、芦屋大附も明石城西から一矢を報いて、男子は戦国時代の到来を感じさせた。シングルスは福田健司、恒松寛己の激突となり、フルセットの激戦の末、福田が栄冠を勝ち取った。ダブルスは明石城西の土井・井原組がこれもフルセットの末、関学の黄・内匠組を破って優勝した。全国選抜を決定する近畿地区大会は明石城西が準優勝、関学が4位入賞を果たし、それぞれ来春の全国大会への切符を手にした。どちらも優勝した長尾谷に後一歩まで肉薄しただけに、今後の練習精進によって、全国大会でも昨年同様テニス王国兵庫の力をフルに発揮してほしいものである。
全国総体のあとにはのじぎく兵庫国体が開催されるという、ダブルの全国大会地元開催の年であったが、終わってみれば本当に充実した、実りの多い年であった。この大会を成功させるために、早くからいろいろな先生方がそれぞれの分野で準備を念入りにしてくださった。この間、以前は事務局として大会中は記録の整理などほとんど裏方に回って、自校の選手の試合も見ることがなかったのが、記録係の石川先生はじめスタッフが万全の体制を敷き、コート上では寺谷先生、横田先生たちが率いる兵庫審判員軍団が溌剌とした声で審判をし、二木先生、原先生、下村先生を中心とした兵庫県テニス顧問団の先生方がコートレフリーを勤め、それらを高塚先生をはじめとする進行の先生方が取りまとめ、式典関係を関根先生たちがしっかりと準備をする中、久しぶりに選手たちのプレーする姿をしっかり見
ることができた一年であった。改めてこの1年間、テニス諸行事にご尽力くださった関係の先生方、生徒諸君に熱く感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
平成17年度男子回顧録 宝塚東高等学校 高塚一郎[回顧録-男子]
2011年06月27日
昭和63年、兵庫県で高校総体が開かれた年であった。その年の4月私は教師になって2年目で初めてテニス部の顧問になった。何もかもがわからないまま顧問総会のため私学会館までやってきたら矢野先生が総体に向けての話を一生懸命されていたのを今でも思い出す。そして平成18年にまた兵庫でインターハイがある。私はその大会の役員として精一杯やってゆきたいと思っている。では平成17年度の兵庫県の男子の活躍について述べたい。
総体の団体戦の予選では新星芦大付属高がベスト4に進出し、本選出場を遂げた。坂根、施、吉田といった1年生のこれからの活躍に期待したい。さて本選では昨年同様明石城西と関学2強の決勝戦となった。シングルス1では明石城西の松下が6-0,6-3のストレートで勝ち、ダブルスは関学の駒田、沓脱組が6-1,4-6,7-6(6)で勝ち、ポイント1対1でシングルス2の城西渋谷と関学山崎の勝負となった。この試合は両者とも試合中足に痙攣を起こし、試合後片方が救急車で病院に運ばれるという壮絶なものとなった。試合の翌日渋谷君から話を聞いてみたら最後はほとんど意識がなかったそうである。まさに両校の“死闘”を感じさせる試合であった。結果は渋谷が7-5、5-7、7-5 で勝ち、明石城西の3年連続7度目の優勝を果たした。個人戦はシングルスは佐野紘一(明石城西)が、ダブルスは佐野、渋谷組(明石城西)が優勝を果たした。
続いて8月に行われた千葉県柏市で行われたインターハイで、明石城西は団体で昨年と同じベスト8、個人戦ではシングルスで佐野紘一が優勝した湘南工大付属の杉田祐一に敗れはしたもののベスト8に入った。そしてダブルスでは佐野渋谷組が2回戦で団体優勝した柳川の小野田金組を破り、快進撃を続け、惜しくも決勝で負けはしたものの準優勝を果たした。その決勝戦の内容は決して佐野渋谷組が勝ってもおかしくなかった。以前は兵庫県男子は全国ではあまり強くないといわれていた時代があったが、ここ数年の明石城西の活躍は目覚しく長崎総体での団体準優勝、シングルス優勝を始め、“テニス王国兵庫”にふさわしくなってきた。明石城西の今後の全国大会での活躍を期待したい。
次に秋の新人戦では団体ではベスト4に城西、関学、灘、甲南が勝ち上がり、また春の大会に引き続き決勝リーグでは城西対関学の事実上の決勝戦となった。関学は苦しみながらもD1D2を9-7、9-7と2ポイントとり、S1S2は明石城西が8-6、8-1と2ポイントとって勝負はS3の城西森本と関学笠井の勝負となった非常にタフな試合は城西森本が8-6と関学笠井を下し春の大会に引き続き明石城西が優勝を果たした。
個人戦ではシングルスで芦大付属の坂根が、関学の秦を破って優勝し、ダブルスでは明石城西の諌山武内組が関学の喜多、秦組を破って優勝した。
そして11月に行われた近畿選抜で、第3シードながらも明石城西が決勝でインターハイのベスト8で敗れた大阪の長尾谷を3-2で破り、見事優勝した。また関学も3位に入る健闘を見せた。以上が今年の大会の結果である。
私は1公立高校の1顧問である。入部してくる生徒は初心者が多く、グリップの握り方から教えて、何とか2年生になったら県本選に上がれるかどうかである。しかし初心者からはじめて一生懸命練習し成長しうまくなってゆく姿を見るのがとても楽しみである。できればそんな生徒が本選でシード選手を破り、近畿大会や全国に出られたらいいなあと思っている。明石城西や関学の選手たちの試合を見るたび彼らに元気づけられる。
平成18年も17年度同様兵庫の男子選手が全国で活躍できるよう期待したい。
平成16年度男子回顧録 神戸高校テニス部顧問 武本章子[回顧録-男子]
2011年06月27日
今年はアテネオリンピックが開催され、国民全体がスポーツに注目し各種目の選手のすばらしい活躍に拍手を送り、真剣勝負の息詰まる場面に手に汗握ったことも多かった。テニスでは女子が大いに活躍し、多くのテニスファンをわかせてくれた。
兵庫県でも平成18年度には、夏に総体・秋には国体と国内のビッグイベントが2つも開催される。16年度に高校に入学した生徒が3年生となった時主力選手として活躍することになる。そういう意味では、今年の1年生がどういう活躍をするかも楽しみな年度となった。
8月に開催された岡山の総体では、明石城西が全国のベスト8という結果を残した。2回戦・3回戦は順調に勝ち上がった城西であったが、藤沢翔陵にダブルス・シングルスともに1セット目はいい試合をしながら、結果的には0-2という結果となり残念であった。2年後に控えたインターハイの視察のため多くの高体連役員の教師が訪れ応援をしたが、シングル1を戦った佐野の県内ではエースになる球が藤沢翔陵の狩谷には通じず、逆に追い込まれる場面などを見て多くの課題を見つけることができた。しかし佐野がまだ1年生であることを考えるとこれから先が大いに楽しみで、多くの経験を積み2年後には兵庫県のエースとして大活躍してほしいと願うばかりである。
個人戦においても今年度はすべて3回戦どまりで昨年のような輝かしい結果は残せなかったが、シングルス5名藤岡・佐野・松下(城西)大辻(灘)駒田(関学)中4名が1・2年生であることは今後が楽しみである。ダブルスは3組大西・脇坂、藤原・岡田組(城西)楠木・沓脱組(関学)ともに1・2回戦どまりで終わった。
総体男子団体戦の県予選では、明石城西と関学の2強のすさまじい戦いとなった。3試合がすべてフルセットでなおかつシングル1同士の試合が4時間に及ぶものであったことからもそれは想像することができる。ダブルスでは関学の楠木・沓脱組が接戦の末城西の岡田・大西組を征し、逆にシングル2では城西の藤岡が関学の伊勢を征した。残ったのはお互いの学校のナンバーワン同士の戦いであった。1セット目から全力を出しての試合であるので、たとえ鍛え抜かれた足であっても2セット目の後半には疲れが見え始める。この試合を征することが県のナンバー1校になることであり、団体としてインターハイに出場する切符を手にすることとなればの精神的プレッシャーは相当なものである。
最初に体に変調を来したのは城西の藤原の方であったが、当然関学の萩原にも体力の限界が来る。ロービングアンパイアが本部に救急車の手配をする方がよいのではないかと相談をするほどのすさまじい死闘となった。当然体力の限界はとっくに超えている。ポイント間の20秒もまともに立っていられない状態を見ていると「学校の名誉をかけて絶対に勝たねばならない。」という気力だけで戦っているのが観客にも伝わる。お互いの死力の限りを尽くした試合は、1セット目5-7.2セット目7-5、最後に3セット目6-3で城西の藤原が征したが、2人の試合には多くの観客から惜しみない拍手が送られた。ベスト4には灘・仁川が入ったが灘高校は2年以下を中心としたチーム構成で来年が楽し
みなチームであった。ベスト8には甲南・三田学園とともに長田・神戸が公立高校として食い込んだことはまことにうれしいことである。
個人戦では団体戦決勝の次の日ということで、死闘をくりひろげた藤原(城西)と萩原(関学)がシングルスにおいて上位に食い込めなかったのは非常に残念な結果であった。
今後の日程の見直しという課題を残したといえる。シングルス決勝は同じ城西同士の1年と3年の対決ということだったが藤岡が3年生の意地を見せて初優勝した。ダブルスは大西・脇坂(城西)と楠木・沓脱(関学)の対決となったが3年生ペアの城西が2-0で征した。
世代が交代した夏の県民大会。シングルスは城西の佐野は総体の経験を生かして同じ城西の渋谷を2-0で破り貫禄の優勝。1年生同士の決勝となったのは、平成18年度総体に向けてはうれしい材料かもしれない。3位は2年生の駒田(関学)松下(城西)で、ベスト8中5名が1年生という異例の結果となった。ぜひ、総体の団体・個人の全国優勝を目指して順調に伸びてほしいものである。ダブルスは駒田・沓脱(関学)が佐野・渋谷(城西)組を破って優勝。こちらは2年生の貫禄を見せた。ベスト4には松下・華谷(城西)山崎・辻(関学)が入り、県上位2校の強さを見せつけた。9月の近畿大会においては関学2年生ががんばり、シングルスは駒田が準優勝、ダブルスは駒田・沓脱が準優勝をした。
新人戦団体戦は城西が優勝し準優勝は関学であった。ベスト4のチームには灘・甲南が入り、決勝リーグでは3-2で灘が征して3位になったが接戦であった。当然近畿大会の団体戦においても城西が優勝し、関学が準優勝で兵庫県が上位2つを独占して選手層の厚さや強さを見せつけた。個人戦では渋谷(城西)が優勝し、準優勝は佐野(城西)3位には山崎(関学)大辻(灘)が入りまたもや今年の1年生の強さを見せつけた。本来なら新人戦は技術的には物足りない内容になるものだが、今年の新人戦本戦の上位選手はそのようなことを感じさせない迫力ある試合を展開してくれた。
最後に、テニス部顧問になって3年目の私が今年の回顧録を担当することになり、とても前年度までのベテランの先生方のように上手に今年1年の様子を伝えることができないことで相当悩んだことを付け加えておきたい。それでも毎日生徒たちと朝から晩までコートでつきあっていると、いつかはこの紙面に載るような選手を育てたいと夢のようなことを考える。兵庫県のテニス役員の先生のチームワークはすばらしく、テニスは素人の私でも役員として仕事をお手伝いできることを喜びに感じている。きっと平成18年度の総体・国体も多くの先生方のご協力を得て無事乗り切ることが出来ると信じて今年の回顧録を終わりにしたい。
平成15年度男子回顧録 市立西宮高校テニス部顧問 中嶋智之[回顧録-男子]
2011年06月27日
「テニス王国」を宣言する兵庫県のテニス界において、高校男子は常に園田・夙川の女子に-歩譲った感があった
のは否めない。しかし平成15 年夏、ついに男子テニス界にも高らかに王国再建の槌音が響いた。「目指せ頂上」をスローガンに平成13 年度総体や平成15年度選抜の3位をはじめ、虎視眈々と全国制覇を窺ってきた明石城西が、つい
に長崎夢総体において、個人戦シングルスで澁谷祐樹が優勝、団体では準優勝という快挙を成し遂げた。今は大会のホームページを通じてリアルタイムにスコアを入手することができるが、団体決勝の対名古屋高校戦もどちらに勝
利が転がり込むかわからない、一進一退の好勝負であった。惜しくも紙一重のところで頂上に到達することはできなかったが、心からこの快挙を祝したい。それにしても全国チャンピオンの澁谷がシングルス2で出場していることに、
明石城西の層の厚さを感じざるを得ない。また、澁谷の優勝、明石城西の団体準優勝だけではなく、中山・畑(仁川)が複3位に、谷(関学)と脇(明石城西)がそれぞれ単ベスト16に進出し、兵庫県の層の厚さを見せつけた。ちなみに
澁谷のシングルス決勝の相手である吉備(柳川)も兵庫県の出身であり、「テニス王国兵庫」が着実に築かれつつあることを実感させられる大会であった。総体の個人戦で兵庫県勢が優勝したのは昭和63年以来のことであるが、団体戦の優勝となると昭和39 年の甲南まで遡らなければならない。
平成のテニス王国兵庫に男子団体の優勝旗を掲げるのは果たしていつ、そしてどの高校なのか? 楽しみに見守りたい。
さて、平成15年度の県内の大会に目を移す。
まずは県総体。団体ベスト8には第1~7シードまでの明石城西・関学・仁川・甲南・三田・東洋大姫路・長田と第9シードの北須磨がほぼ順当に進出した。準々決勝でも順当に上位4シードの明石城西・関学・仁川・甲南が勝ち上がり、決勝は第1シード明石城西に、第2シード関学を破った第3シード仁川が挑む形となった。81は仁川がリードし、82はフルセットにもつれこむ死闘となったが、最後は明石城西が底力を見せ、2年ぶりの全国切符を手に入れた。
個人戦では、全国を制した澁谷が県を征することも出来ないほどの高いレベルの試合が繰り広げられた。単決勝は、準決勝で2セットともタイブレークの末に澁谷を退けた谷(関学)と、ダブルスペアの脇をフルセットの末に下した小川(明石城西)の対戦となった。フォアの強打を左右に打ち込み続ける小川に対し、最近の高校生には珍しいスライスの効いた芸術的なシングルバックハンドを武器に素早くネットに詰める谷の息詰まる熱戦は、今旬のプロプレーヤ
ーに例えるならばフェレーロ対フェデラーといったところか? ファイナル6-4で谷が勝利し、念願のシングルタイトルを手に入れた。複では、スピード豊かでコンビネーション抜群の中山・畑組が県民・近畿・楽天杯連続優勝の貫禄を見せて小川・脇組を下し、この一年間の主要な大会を総なめにした.プロで言うなれば複でグランドスラム達成といったところであろう。その他、結果的には総体の出場権を手に入れるまではいかなかったが、中山(仁川)をワイパーの如く左右に走り回らせた西山(三田)のハードヒットや、多彩なショットを効果的に繰り出して一時は小川を混乱に陥れた金瀬(北須磨)のプレーなども個人的には非常に印象に残った。全体的に個性的なプレーヤーが多く、スリリングで見ていて楽しい(顧問の先生方はそれどころではなかったであろうが…)試合が多い大会であった。
世代が交代して夏の県民大会。数々のスリリングな試合を演じてきた全国レベルの上級生がごっそり抜け、大会前は「今年はかなり小粒かな?」と思われたが…。さすがに強豪校の選手達はそれなりのレベルにまできっちりと仕上げてくる。これが「伝統」を築き上げたチームの強さか。本戦2日目からは会場の赤穂海浜公園テニスコートが明石城西対関学の対抗戦会場と化した。単は準々決勝の対戦がすべて「明石城西vs 関学」の対戦となり、結果はすべて明石城西側に軍配が上がった。中でも、ノーシードながら細身の体から繰り出す弾丸フォアを武器に第5シード伊勢、第4シード萩原大輔の関学勢を撃破してベスト4まで進出した1年生松下の活躍は「次代も明石城西か?」と周囲に感じさせるには十分であった。結局、昨年の新人戦決勝と同じカードになった決勝では、藤原が第1シードを守ってペアの
岡田を下して優勝。ダブルスもベスト4には明石城西と関学が2本ずつ入り、藤原・岡田組が駒田・沓脱(関学)の1年生ペアを接戦の末に下し、藤原は二冠を達成した。藤原はこの後の近畿大会でも単準優勝、複優勝を成し遂げ、着実に明石城西の柱として成長していることを感じさせた。また、駒田。沓脱両選手は11月の新人戦個人戦において駒田が単複優勝、沓脱が単準優勝、複優勝を飾り、間違いなく次代の兵庫県をリードしていく選手であることを強烈に印象づけた。この大会は明石城西・関学の2校と、その他の学校との差を今まで以上に大きく感じさせた大会であった。
そして秋の新人戦団体。団体ベスト8には第1~4シードまでの明石城西・関学・灘・仁川、第6~8シードの長田・甲陽・神戸、そして第5シード三田を下した雲雀丘が進出した。準々決勝でも順当に上位4シードが勝ち上がった。リーグ戦の結果、明石城西が優勝、2位関学となったが、3位となった灘の健闘が光った大会でもあった。特に関学戦は2-3で敗れはしたが、シングルス2のタイブレークの結果が逆であれば…、兵庫県のテニス史に違った一ページが開かれていたかも知れない。というのは少し大げさであろうか?
結局、その後の近畿団体でも明石城西が三連覇を果たし、関学も3位となって、来春の全国選抜の切符を手に入れた。この2校がより成熟した「テニス王国兵庫」の力を全国で発揮してくれるものと期待している。
最後に、役員となりハイレベルのテニスを見る機会が増えれば増えるほど、自校の選手達の目標をどこに設定すればいいのか分からなくなってしまう。「県で優勝だ!!」と威勢のいいことを言っても、全国レベルの選手達を何度も見てきた自校の生徒達は、私が本気でそう思っていないことを容易に見透かしてしまう。こうした中、1月に「第一回近畿6府県公立高校対抗戦」が開かれた(大阪府は不参加)。兵庫県からは新人戦団体でベスト8に入った長田と神戸の2校が参加し、それぞれ優勝・第3位となった。ここでも兵庫県のレベルの高さを見せつけた。今後、この大会の存続は未定であるようだが、全国大会に出れなかった公立高校チームの新たな目標として、ぜひ発展させていただきたい。
そして近い将来、自校のチームが「近畿公立の雄」として名を馳せることができればな~と思っている。最も、こんなことを生徒に言えば「全国は諦めたんですか?」と突っ込まれそうであるが.・・・
「全国」だとか「雄」だとか、「捕らぬ狸の.…」はここまでにして、今年こそはラケットを持った経験のある生徒がクラブに入ってくれることを期待しつつ、筆を置くことにする。
平成14年度男子大会回顧録 長田高校テニス部顧問 寺谷真一[回顧録-男子]
2011年06月27日
今年度皮切りの県総体。4連覇を目指した明石城西(以後城西)を関学がシングル2本で押し切り、7年ぶりの優勝。
ちょっと話しかけただけでもさっと手を後ろに回して不動の姿勢をとってくれる城西。試合終了の挨拶のたびにシャツ
のボタンを留めるなど、かたくななまでに古風をつらぬく関学。そして、すさまじい勝利への執念を見せる仁川。この3
強に対して残るひとつのベスト4枠を甲南、灘、柳、三田が争う形。城西を除く公立では唯一ベスト8に入った長田も上
位との差は大。今年も公立城西を私学包囲網が取り囲むという春秋戦国時代。年度当初において常勝城西に、関学
が土をつけたことは、さらなる死闘への前奏曲。関学は茨城での全国総体でも、強豪藤沢翔陵に破れはしたものの
堂々の全国ベスト8。畏るべし、ノーブル・スタボネス。総体個人戦では、持病の腰痛を克服して柏(灘)がブレイク。13
シードの位置から、4シード徳毛(城西)、5シード中山(仁川)を破ってのベスト4進出は快挙。シングルス優勝は中川
(関学)。決勝で敗れた渋谷洋太朗(城西)がダブルスでは徳毛と組んで中川・谷(関学)に雪辱。続くインターハイで
も渋谷・徳毛は全国ベスト16。中川・谷はベスト8。中川はシングルスもベスト8の上、単複とも優勝者に負けており、ま
さに全国区の実力。ただ、個人的なことではあるが、私は中川のサービスが速すぎてよく見えない。レフリー泣かせで
ある。また渋谷洋太朗(城西)が右手首を痛め、ほとんど練習できず、チームの下働きをしながら黙々と左手で素振り
をしていた頃を知っている私には、彼の活躍が自分のことのようにうれしかった。
3年生が引退しての次世代、夏の県民。城西には一体何人の「渋谷」がいるのだろうと、ある役員がこぼしていたが、洋太朗のあとはきっちり祐樹が優勝。祐樹はそのまま近畿でも優勝。決して大きくはない体であそこまで目一杯ラケットを振り切れるのは、安田、穴田はもちろん古くは宗藤にまでさかのぼる城西の伝統か。成長著しい小川(城西)が谷(関学)を破っての準優勝は見事。ダブルスではノーシードから勝ち上がってきた久保・岡田(城西)が溌剌としたプレーを見せる。優勝は中山・畑(仁川)。ジュニアの頃から有名な二人ではあるが、それにしてもきれいなダブルス。仁川のお家芸の(と私は思っている)ポーチも切れ味鮮やか。うらやましい。このペアで近畿も優勝。
さて、季節は秋。新人戦。さすがに城西、今回は関学に譲らず優勝。個人単優勝、藤原(城西)、準優勝、岡田(城西)。この二人が複も制覇。単複団体と城西が独占。団体はそのまま近畿でも城西が優勝。関学も3位。しかし清風・大産大附の大阪勢の力は底知れず。「1本お願いします!」の声に、コート内の選手が「まかせろっ!」と答える、情熱の同志社国際。どこか修行僧を思わせる風貌に加えて本部への挨拶を欠かさない、さわやかで礼儀正しい東山。この二校が私のお気に入りであったが、今回は東山にかわり同志社が出場。近畿もますます戦国時代。3月の全国選抜、北九州の地で城西・関学がどこまでいくか楽しみ。
まだ時代が昭和と呼ばれていた頃、兵庫県でインターハイが開催されたことがある。山本・谷澤・増田という超高校級三羽がらすに圧倒され続けていた兵庫男子役員・選手に、菊水・徳原(仁川)のダブルス優勝がどれほどの勇気と活力を与えてくれたことか。総合運動公園のセンターコートで伊達と沢松のすさまじい試合を横目で見ながらゴミ集めをしていた駆け出しの頃の私の目に、男女ともに全国トップレベルの「強豪兵庫」は強烈に焼き付いた。
それにしても、たとえば県民大会シングルスベスト32進出者のうち、私学と城西で30人。つまり城西以外の公立から
はわずか2人。私は、漢文の授業で「鶏口牛後」を扱う時には、いつもこの兵庫県のテニスレベルの高さを嘆く話で脱
線してしまう。高校で初めてラケットを持った生徒にグリップから教え、空振りをする生徒に手投げで球出しをし、ダブ
ルフォールトだけで試合が終わる生徒にアンダーサーブを教えるような日々から、急に本戦の役員に動員されると、
あまりものレベルの違いに呆然とする。しかし、中高一貫でテニスをやってるとか、クラブ育ちの強い選手が入学して
きた、というただそれだけでは決してチームは強くならないこともわかってきた。強豪校の先生方のお話を伺うにつけ
ても、その指導の細かさや熱心さには畏敬の念を抱く。本戦への道は遠くとも、生徒の才能はいつどこで開花するや
もしれず、また、どんなレベルの生徒にとってもテニスをする喜びに違いがあろうはずもなし、OB会などに呼ばれる
と、生徒らは何歳になっても、あの時の試合は惜しかった、とか、あの時は先生に怒鳴られた、などと高校時代のテニ
スを肴にして盛り上がっている。そんな姿を見ると、小市民的幸せを感じたりもし、こういうのも「あり」かな、と思う。そ
して、心の片隅ではひそかに、「いつの日かトップを」、との気持ちを忘れずにいたい。こうやって回顧録に載せてしま
うと、全然「ひそかに」ではなくなってしまうが・・・ 以上